2012年10月22日月曜日

首都直下型大地震の確率・4年以内に70%・30年以内に98%_災害心理学・認知的な歪み_多額の防災投資・防潮堤の整備といった災害対策_東京女子大学名誉教授・広瀬弘忠

●Yahoo!ニュース プレジデント 10月21日(日)
巨大地震「4年以内70%」だとなぜ怖いのか-認知的な歪み
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20121021-00007484-president-bus_all
先日、高い確率で発生が懸念されている首都直下型の大地震について、「今後4年以内に70%の確率で起こりうる」という計算結果が公表され、世間は大騒ぎになりました。新聞やテレビがこぞって取り上げ、関係機関へは問い合わせが殺到したということです。(※雑誌掲載当時)
 このときは同時に「今後30年では98%の確率で起こりうる」という予測も出されていました。同じ前提に立って導き出された結果であり、客観的には同等の危険度であるはずです。ところが、一般の人がもっぱら衝撃を受けたのは「4年で70%」のほうでした(その後、時間の経過とともに確率計算の前提が変わったため、「70%」「98%」ともに現時点での危険性とは異なる)。
 不思議といえば不思議なことですが、人間の認知のあり方を考えれば、必ずしも奇妙なことではないのです。2つの切り口から考えることができます。
 まず一つは、対象とする期間の長さです。たとえば、ある地域では150年おきにマグニチュード(M)8クラスの大地震が繰り返し起きているとします。すると、向こう150年での発生確率はほぼ100%。ところが、150年という期間は人間にとってあまりにも長すぎ、地震が起きるまで自分が生きているかどうかわからない、という気持ちが先に立ちます。したがって、なかなか身に迫ったものとは感じられません。
 その期間が「30年」だったらどうでしょう。30年先ならば、いま生きている人の多くが存命のはずです。が、災害などへの感度がどれだけ高いかを調査すると、若い人のほうが危険への感度が鈍く、中高年になるほど感度は高まっていくという傾向があります。とくに老年世代は危険に敏感です。
 そして高齢者にとっては、30年先であっても150年先と同じように「生きているかどうかわからない」期間です。そのため「30年で98%」という数字よりも「4年で70%」という数字のほうに衝撃を受けるのです。
■なぜ防災投資は過大になるか
 この問題を理解するために、もう一つ別の切り口から眺めてみましょう。「人間は客観確率が非常に高いときは危険をそれに見合うだけ深刻なものと捉えず、相対的に過小評価しがちで、逆に、客観確率が非常に低いときは、実際より過大評価しがちだ」ということです。これを災害心理学では「認知的な歪み」と表現します。
 ある期間において「98%の確率で発生する」というように非常に大きな確率で予想される災害に対しては、客観確率の98%よりも主観的に低めに認識する、という傾向が人間にはあります。
 一方、小さな確率でしかも大きな被害をもたらす災害に対しては、たとえその発生確率が1%未満であったとしても、客観確率以上の危険をイメージしてしまいます。
 たとえば、ある地域では1000年に1回、大津波を伴うM9クラスの巨大地震が起きるとします。向こう数年間でその地震が起きる確率は、客観的に見れば非常に小さなものです。しかし、ゼロではない。こういうとき、人間の主観は、相対的に大きな危険を認識するのです。その結果、日本のような先進国では、防潮堤の整備といった災害対策に多額の投資が行われます。これは通常、過大な投資になりがちです。災害による被害額と比べて、事前の防災投資はアンバランスに大きいのです。
 つまり、人間は近い将来の危険に対してより敏感であり、低い確率の大きな危険に対しては過大評価をしてしまうという習性があります。
 ですから4年よりも短い期間、たとえば「1年以内に30%」という予測が出されたとしたら、確率自体は小さいにもかかわらず、われわれの受けるショックはより甚大です。政府や関係機関は、そのことを十分に踏まえたうえで予測の発表を行うべきでしょう。
 ※すべて雑誌掲載当時
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東京女子大学名誉教授 広瀬弘忠(ひろせ・ひろただ)
1942年、東京都生まれ。東京大学文学部心理学科卒業。東京女子大学教授を経て、現在「安全・安心研究センター」を主宰。専門は災害心理学。『人はなぜ逃げおくれるのか』など著書多数。