8月6日の広島。
今日9日は長崎の「原爆の日」。
第2次世界大戦中のアメリカによる原爆投下。
突然、日常が奪い去られた。
第2次世界大戦中のアメリカによる原爆投下。
突然、日常が奪い去られた。
あの被爆から67年。
時間は過ぎ去れど、放射能の爪痕は消えることはない。
時間は過ぎ去れど、放射能の爪痕は消えることはない。
原子力発電は、軍事用に開発された原子炉を民間に転用するところから始まった。
史上初の原子力発電は、
1951年、アメリカ合衆国の高速増殖炉EBR-Iで行われたもの。
本格的な原子力発電への道は、
1953年12月8日にドワイト・D・アイゼンハワー大統領が
国連総会で行った原子力平和利用に関する提案
「Atoms for Peace」がその起点とされている。
史上初の原子力発電は、
1951年、アメリカ合衆国の高速増殖炉EBR-Iで行われたもの。
本格的な原子力発電への道は、
1953年12月8日にドワイト・D・アイゼンハワー大統領が
国連総会で行った原子力平和利用に関する提案
「Atoms for Peace」がその起点とされている。
1979年代以降の原子力事故は、
・1979年3月28日 国際原子力事象評価尺度レベル 5 - スリーマイル島原発事故 アメリカ合衆国ペンシルベニア州
・1986年4月26日 国際原子力事象評価尺度レベル 7 - チェルノブイリ原発事故 ウクライナ など。
そして、
・2011年3月11日~ (今、現在も続いている!)
国際原子力事象評価尺度レベル 7
福島第一原発事故!!!!!
この事故により日本各地、主に東北と関東の全域及び太平洋側の海洋が放射性物質に高濃度に汚染された。
あれからまだ1年と5ヶ月あまり。
放射性物質の拡散、内部被曝、新たな危険性・・・
放射性物質の拡散、内部被曝、新たな危険性・・・
消えることはない。
広島・長崎に福島が加わった。
反原発!脱原発!
今日は、時々拝見させていただいている方々のうちの5人のブログから一部を紹介。
●木下黄太のブログ「福島第一原発を考えます」 2012-08-09
長崎と広島の原爆、福島原発事故、東京に大量放射性物質降下でも危機を認識しない日本人という浮遊霊。
http://blog.goo.ne.jp/nagaikenji20070927/e/fef46bdcd3647043583815b4e7f5b9ca
お盆が近づいてきました。
今、ずっと考えているのですが、僕自身の心の中で、いろんな点で不思議なことがあります。人間の危機意識というものがどのくらい働くのかは、人それぞれだとは思うのですが、それでも日本人というカテゴリーに入る人々は、面白い位に、危機に直面しているときに、その危機を認識しないという事に関しては、ものすごく長けている人々が多いという事です。きょうは長崎原爆の日。広島とあわせて二回も原爆を落とされないと、諦めがつかなかった日本人という業は、僕は相当根が深いと思います。常識的な感覚があれば、すでに東京大空襲の時点で、あの戦争は終わっていました。首都にあれだけ空爆を行われ、あれだけ多くの人々が亡くなっている時点で、もうすでに無理だと思うはずです。その判断を政府も国民も、一丸となってやらなかった。大きな間違いがすでに昭和二十年にはありました。数か月後、その上でアメリカの二回の原爆投下という鬼の所業によって、多くの命が失われました。日本人の危機意識のなさとあわせて、アメリカの冷酷非道なふるまいを、日本人は未来永劫許してはならないはずでした。それを認識せず、むしろアメリカによる原発事故の影響隠しに追随したのが日本人。反核ということが、放射性物質の影響という問題を、無視する珍妙な状況は、こうした二重、三重にごまかした意識構造の産物です。
二回の原爆でも、本当に本当にどん底まで見せつけられないと、おきているクライシスを認識しない、日本人という浮遊霊の奇妙さを感じさせます。
そして、今回の事故は、原爆の直接の被害のように、今すぐ目で見てわかる事象ではありません。特に放射性物質は全く目で見ることができません。だから、こうした日本人という浮遊霊には、おそろしく感じにくい状態が続いてます。しかし、今回の事故で放出された放射性物資の量は、広島原爆とは比較にならないくらいの高濃度でなおかつ、多くの核種が放出されています。大量です。この核種の拡散状況を考えると、日本人という存在にどこまで影響を与えるのかわからないレベルで、被害は広がる可能性が否定できません。特に南東北と関東の大半のエリアは、高濃度に汚染されています。この基本的な危機さえ、まったく認識しない状態が、大半の人々の間に続いています。認識している人たちでも、食を多少気を付けることで、なんとかなるという幻想に縋り付いています。さらに、「死ぬのは致し方ない」というような見せ掛けだけの諦め言葉を口にする人間も少数います。
僕はこうした浮遊霊である日本人の感覚を、奇妙なものとしてとらえています。現実に危険が目の前に存在している以上、対応するしかないのに、その対応を本質的に逃げ続け、ごまかす人々。そのごまかしを続けることの心地よさばかり言い募る人々。そこに何の意義もありません、本質的なポイントはそこには存在しません。ただ、空虚な自分たちがいるだけです。誤魔化しの上に築かれた空虚。
貴女もそこにいつづけるのでしょうか。
悲しいです。とりあえず、僕は悲しいです。
●今を生きる 2012-08-01
【現実】東京・関東や東北は汚染されている。子供を被曝させないように気を付けよう。【放射能汚染】
http://ameblo.jp/sugarms/entry-11283986935.html
【未来の子供のために】東京・千葉・埼玉・茨城・群馬・栃木・神奈川や東北は汚染されている。子供を被曝させないように気をつけよう。公園で遊ばせてはいけない。特に魚や牛乳は産地を気をつけよう。産地は気にしてるかな? 内部被曝は本当にまずいよ。 【放射能汚染・被曝・セシウム】
放射能を気にしてない人が多すぎる何でだろ? 特に子供がいる人、 これから出産する人、 心配じゃないのかな? 自分の子供が5年後、10年後に病気になってもいいのかな? 癌になってもいいのかな? 誰も責任とってくれないぞ。 今がよければいいのかな? 簡単にネットで情報とれるんだからそれぐらいやれよ。 ぼーっと生きてんじゃねーよ。
その時が来て、後悔しても遅いぞ。 子供のためにちゃんとやってあげなよ。
今ならまだ間に合うと思う・・・。 ちゃんと放射能の勉強して、ちゃんと頭で考えて行動してね。 未来の子供のためにね。
●ぬまゆのブログ ( その3 ) 2012年8月1日
http://numayu.blogspot.jp/2012/08/blog-post_1.html
昨日の、官房長官の 発言に 唖然 ・・・
みなさまも ご存じのように、
日本政府は、「 放射能の危険レベル 」 を、
ただの、同心円上でしか、見ていません。
そして、今度は、
【 「 楢葉町 」 の 警戒区域を 見直す 】 とのことでした。
理由は、
【 一日も早く、県民に 帰宅していただく 】 ためだと言いました。
「 楢葉町 」 といえば、
【 原発 】の作業員さんがいる 「 J ビレッジ 」 がある場所です。
【 原発 】から、10数㎞ の町です。
【 空間放射線量 】 だって、まだ、下がってはいない場所です。
仮に、下がっていたとしても、
問題は、楢葉町の 「 ベクレル数 」 です。
これは、わたくしの耳にも 入ってきていません。
福島県民を、いったい 何だと思っているのでしょう ?
官房長官は、言いました。
【 9月 10日 には、警戒区域の見直しをする 】 と・・・。
今は、猛暑で、「 作業員 さん 達 」 の 復旧作業も、
思うように進んでいません。
防毒マスクを装着しての 作業です。
しかし、先日、
反原発 ・ 脱原発の大規模な集団が、国会議事堂を取り囲んだ ・・・ と、
ニュースで 放映されていました。
ツイッターなどで、参加者は続出。
いい流れにしてくださったことを、
深く、感謝しています。
わたくしは、寝たり起きたりで、
参加は、できませんが、
全国のみなさま、東京都のみなさま、
遠く、福島県から、ずっと応援させていただいています。
【 原発 】のない 日本の来ることを、
堅く信じております。
先日、
わたくしの住んでいる住宅地で、
ポケットパークの 木々の伐採が、行われていました。
緑豊かな街作り・・・が、仇となったのです。
わたくしの敷地内にも、様々な木々を植えていました。
10年前ですから、とても大きくなっています。
レースのカーテンを開放していても 家の中が見えないように、
「 緑のカーテン 」 ということで、植樹していました。
わたくしは、田舎育ちなので、
どうしても、レースのカーテンが、苦手だったのです。
実家は、敷地が でかいので、
いつも、レースのカーテンは、開け放していました。
去年の 今頃は、
水のような ( 水道をひねったような ) 下痢が、
2ヶ月 続いていました。
お腹も痛くないのに ・・・
ですから、
うっかり、オナラ も できませんでした。
いままで、わたくしは、
至極、快便で、
便秘や 下痢に 悩まされたことは、ありませんでした。
放射能を 甘く見てはいけませんね。
福島県の人々は、大なり 小なり 被曝はしているのです。
だって、
あれだけの 爆発 ・ 【 ベント作業 】 が あったのですから。
●武田邦彦氏のブログ 平成24年7月26日
時事寸評 ストロンチウムの検出と反社会的報道
http://takedanet.com/2012/07/post_ef9e.html
昨年3月、4月に測定されたストロンチウムの汚染がそれから1年3ヶ月ほどたった2012年7月に発表された。発表された値について、長く「被曝の危険性」を報道していた朝日新聞は一転して「大気圏核実験より少なく、チェルノブイリなみだから大丈夫」という記事を出した(2012年7月14日朝日新聞デジタル)。
この記事には科学的に3つの錯誤がある。第一の錯誤は、「大気圏核実験より低い」ということが「安全だ」という結論になっているが、大気圏核実験による被曝が健康に問題がなかったという証明はない。当時の発がんの大半が大気圏核実験である可能性を残している.だから「核実験の時より低いから安全」という結論はまったく科学ではない。
第二の錯誤は、「ストロンチウム90の危険から国民を守る法規」について言及していないことだ.これは原発事故以来、政府が終始一貫、とっている政策だが、マスコミが政府に唯々諾々と従っているわけではないと思う.ストロンチウムの規制値は厳然として存在する.
政府は放射性物質について法規とその精神によって国民を保護しなければならないし、マスコミは法治国家として報道するべきである.法規を無視した発表や報道は反社会的である.暴力団などの反社会的団体がなぜ「反社会的」であるかというと、国民が合意した法規と法規の精神に反した行動を取るからだ。
第三の錯誤は、測定点が少ないときに、それが日本の全体の汚染を示してもいないし、もっと高い測定値がある可能性が高いことに言及しておかなければならない。とくにもっとも汚染されていると考えられる福島の測定値がないのだから、新聞として言及しないのは故意と勘ぐられても仕方が無く、この記事によって被曝する人がでる可能性もあることから、報道としてはやや犯罪的とも言える.
第二に、測定結果が1年以上も遅れたこと、もっとも数値が必要な福島県の数値がないことについて、文科省は「福島県の測定器が壊れている.ストロンチウムよりセシウム、ヨウ素の測定を優先した」とコメントしている.
このことも2つの科学的ではなく、反社会的な内容を含んでいる.まず第一に「土壌の汚染度を測定するのは、福島にある測定器出なくても良い」ということだ。測定するものを運搬してしかるべきところで測定するのは当然である.最も汚染された福島のものを最優先で測定するのは当然である.たとえばインフルエンザが流行したときに、流行していないところを測定しても意味が無い。
第二に、ストロンチウムの測定は核分裂してできるイットリウムと平衡になるのに2週間、さらに操作が必要で、全体で1ヶ月半程度かかるが、1年も時間を要するものではない。またセシウムとともに原子炉中に6%も存在するストロンチウムであるから、多くの地点を測定しなければならない。
いずれにしても「国民を被曝の危険に晒す」、「自ら法規の精神に反する反社会的な報道を続ける」という点で、誠実ではない。
●ただいま被曝中 2012.07.18
いまだに。。。
http://atom.fk-m.com/?month=201207
ブログやツイッター、講演等でずいぶん訴えてきたつもりだが、いまだに変な方が多いのに呆れる。
どういうつもりで、被曝を強いられている人々に対し、行政や東電擁護とも思えるコメントをするのか?
事実関係をきちんと調べれば、原発などなくてもやって行けるではないか!
使用済み核燃料の最終的な保管を初め、各リスクを考慮すれば、誰の目にも明らかに、原発などあってはならないものだと判るはずである。
大げさに言うまでもない事だと思うが、不思議である。
これが東京電力ではなく別の民間企業でも同じようにコメントするのだろうか?
今回の原発事故において感じた事は、想像力のない人々は皆、目に見えない放射能に危機感が持てないようである、という事である。
申し訳ないが、マスコミや一般人、御用学者で安全を唱える方々が馬鹿に見える。
預託実行線量を鵜呑みにし、心から安全だと考える方々には、あいた口が塞がらない。
いままで、何度も書いてきたが『解明されていない事象に関し安全を唱えるのは、この上ない無責任である』
さらにいうと、何故放射能に関してはこれほど甘いのか?
日本は安全基準がいろいろと厳しい国であったと思うが。
たしかに、中には、利権が絡むと、誤魔化しも多々あったことも教えられた。
しかしそれにしても、原発と放射能に関しては、あり得ないほど甘い。
全て金なのか?
大飯原発も活断層の上に立地している可能性があり、調査が必要だとされているにもかかわらず、さらに再稼働させるといっている。
コメントはさらにバカバカしい。
『すぐに影響があるものとは考えない』そうである。
いつから地震を完全に予知できるようになったのか?
影響があるかどうかなど何故判るのか?
東日本大震災は地震テロだったから、とでもいうのか?
ふざけちゃいけない!
福島の教育委員会だって、掌を返している。
プールの授業について、拒否した者はグランド3000m走と言っていた。
しかし、先日の、いじめによる自殺という痛ましい事件をうけて、ガラッと変わった。
『そういった、無理やりな指導をする学校があったら、直ぐにわれわれに言ってください』ですと。
教員のみなさんも、お気の毒ですね。
指示通りやれば、裏切られ、責任は現場に押し付けられるのです。
いい加減、気づいてはいかがか?
弟子たちを守って欲しいものである。
なにもかも、信じられないほどアホくさい。
考えられない。
ありえない。
全てが明らかになった時、バカなコメントをした人々は、知らんぷりするのだろうな。
そういう感じの方々ばかりだよ、安全を唱えてる人たちは!
どうせ、自分たちも騙されていたんだって言うんだろ!
だからこうして訴えている!
くだらないコメントは破棄する。
議論の余地はないし、主旨が違う。
<参照>
原子力発電 Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E7%99%BA%E9%9B%BB
1930年代に人類は核エネルギーを発見した。
その最初の実用化は1945年の原子爆弾の開発であった。
次に実用化されたのは潜水艦の動力炉であった。
原爆の開発からわずか9年後の1954年に最初の原子力潜水艦が進水している。
軍事用に開発された原子炉を民間に転用するところから原子力発電は始まった[7]。
史上初の原子力発電は、1951年、アメリカ合衆国の高速増殖炉EBR-Iで行われたものである[8]。
本格的に原子力発電への道が開かれることとなったのは、1953年12月8日にドワイト・D・アイゼンハワー大統領が国連総会で行った原子力平和利用に関する提案、「Atoms for Peace」がその起点とされている。これは、従来核兵器だけに使用されてきた核の力を、原子力発電という平和利用に向けるという大きな政策転換であった。アメリカではこの政策転換を受け、1954年に原子力エネルギー法が修正され、アメリカ原子力委員会 が原子力開発の推進と規制の両方を担当することとなった[10]。
原子力事故 Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E4%BA%8B%E6%95%85
(国際原子力事象評価尺度レベル5以上)
1952年12月12日 ? 国際原子力事象評価尺度レベル5 - チョーク・リバー研究所原子炉爆発事故,カナダ、オンタリオ州
1957年9月29日 ? 国際原子力事象評価尺度レベル6 キシュテム事故
1957年10月7-12日 ? 国際原子力事象評価尺度レベル5 ウィンズケール原子炉火災事故(燃料溶融・黒鉛火災事故) イギリス
1959年7月26日 ? 国際原子力事象評価尺度レベル 5-6 - Santa Susana Field Laboratory, California,アメリカ合衆国カリフォルニア州
1979年3月28日 ? 国際原子力事象評価尺度レベル 5 - スリーマイル島原発事故 アメリカ合衆国ペンシルベニア州 - 部分的炉心溶融
1986年4月26日 ? 国際原子力事象評価尺度レベル 7 - チェルノブイリ原発事故, ウクライナ
1987年 ? 国際原子力事象評価尺度レベル 5 ゴイアニア被曝事故、ブラジル
2011年3月11日~ - 国際原子力事象評価尺度レベル 7 福島第一原発事故
福島第一原発事故による放射性物質の拡散 Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E5%B3%B6%E7%AC%AC%E4%B8%80%E5%8E%9F%E7%99%BA%E4%BA%8B%E6%95%85%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E6%94%BE%E5%B0%84%E6%80%A7%E7%89%A9%E8%B3%AA%E3%81%AE%E6%8B%A1%E6%95%A3
この事故により日本各地、主に東北と関東の全域及び太平洋側の海洋が放射性物質に高濃度に汚染された。
特に福島県内は航空モニタリングの結果からセシウム137の蓄積量はおよそ1ヶ月半(4月29日時点)で最大1470万Bq/㎡となり、チェルノブイリ原子力発電所事故の計測結果の340万Bq/㎡を大幅に超える結果となり、いわき市の北部から伊達市の南部にかけてベラルーシ移住対象レベルの55.5万Bq/㎡を超える地域が広がる事になった。